デス・オーバチュア
第143話「ヴァニシングスノー」




「あら、人間にしてはやるじゃない」
三つ又の白鞭は一本(一又)ずつが、別の意志を持つかのように奇怪に蠢く。
タナトスから見れば、様々な角度から三匹の白蛇が噛みついてくるかのようだった。
「つっ!」
タナトスは休むことなく、白鞭を切り落とし続けている。
白鞭は今まで戦った魔族や魔人達の武器と違って、魂殺鎌で容易く切断できた。
だが、白鞭は切った次の瞬間には再生というか、切られた長さの分伸びており……切り裂けるということにあまり有利さは発生しない。
寧ろ、切り落とされた方の白鞭が、足下で蛇のように蠢いており、邪魔げで、何より気持ち悪かった。
「じゃあ、全開で行くわよ、ナインティルウィップ!」
三つ又がさらにぞれぞれ三つ又に分かれ、九又の白鞭が様々な角度から緩急をつけて襲いかかる。
「くぅっ!?」
タナトスは尋常でない大鎌裁きで、白鞭を切り落とし続けるが、徐々に追い込まれていった。
「フフフッ、どうしたの? 災禍の騎士はこの程度容易く捌いてみせたわよ」
口では馬鹿にしたように言いつつも、フィノーラはタナトスの評価を心の中で上げる。
明らかに、タナトスはダルク・ハーケンと戦っていた時より、動きがレベルアップしているのだ。
「くっ……はああっっ!」
タナトスは動きを加速させてフィノーラの白鞭の猛攻を押し返していく。
「ちょっと、嘘!?……いくら私が近距離戦闘型じゃないからって……」
徐々にだがタナトスの速度がフィノーラの速度を上回り、フィノーラとの間合いを詰めていった。
「滅っ!」
「っっ!」
九又の鞭が同時に切り落とされ、フィノーラの体が後方に吹き飛ぶ。
いや、吹き飛ばされたのではない、フィノーラは自ら後方に跳んで逃れたのだ。
フィノーラの左手首が浅く切り裂かれ血が流れている。
もし、跳び退くのが後一瞬遅かったら、手首が切り落とされていたに違いなかった。
「私が一度鞭を振るう間に十回斬るか……」
一度の振りで九つの打撃を放つ鞭を、一瞬で十回斬ることで凌駕する……馬鹿馬鹿しいぐらいに単純な攻略方法。
「魔族でも血は赤いのだな……」
「……どす黒い色をしているとでも思ったの?」
フィノーラが右手を傷口に重ねると、淡い白い輝きと共に、傷口が最初からなかったように綺麗に消え去った。
「まあ、確かに闇の姫君みたいに黒い血をしている魔族もいるけど……私は彼女達みたいな闇から生まれた者じゃない……もう少しだけ小綺麗な存在よ」
「…………」
「認めてあげるわ、あなたは私より格闘、近距離では強い……だから、戦い方を私本来のスタイルに変えさせてもらうっ!」
宣言と同時に、フィノーラを中心に吹雪が全方位に放たれる。
「つっ!」
タナトスは大鎌の刃を床に突き刺して、吹き飛ばされるのを逃れた。
「ブリザードディザスター!」
猛吹雪が渦巻くように集束し、タナトスに向かって放たれる。
「デスストーム!」
タナトスは瞬時に死気の嵐を作り出すと、猛吹雪の竜巻に迎撃するようにぶつけた。
タナトスが意図的に死嵐を爆発させるまでもなく、死気と吹雪の渦が重なり大爆発する。
「フリジットファランクス!」
互角の威力の渦による爆発が完全に晴れるよりも速く、氷槍の雨がタナトスに向かって降り注ぐ。
「……乱!」
タナトスから、数え切れない程大量の死気の刃が一斉に撃ちだされた。
氷の槍と死気の刃が中空で互いを貪るように対消滅していく。
「馬鹿な……あなたいったい……?」
どう考えても変だ。
この少女がこんなに強いはずが……ここまで自分と互角なはずがない。
大鎌を振るうスピード、死気……エナジーの量、全てがダルク・ハーケンと戦っていた時とは別人のようだ。
「相手に合わせるように自分の限界を引き上げる? そんなふざけた……」
ふざけたことができるはずがない。
だが、タナトスは明らかに強くなっていた。
雷魔装を身に纏ったダルク・ハーケン、聖奏覇甲を装備したランチェスタにも見劣りしない強さを、生身のダルク・ハーケン『ごとき』にあしらわれた少女が今は有しているのである。
こんなにも納得のいかない、馬鹿げたことがあるはずがなかった。
ダルク・ハーケンとの戦闘経験で強くなったのか? それとも、今この戦闘の最中にフィノーラの強さに対応するために進化したとでもいうのか?
「おそらく両方ね……冗談じゃないわ……」
認めるわけにはいかない、いや、認めたくなかった。
目の前の少女が魔王である自分と『同質』の強さに達しようとしている事実を……。
「滅っ!」
「うっ!?」
宙に浮いていたフィノーラのさらに上空にタナトスが出現し大鎌を振り下ろした。
だが、その一撃は、フィノーラを取り巻いていたダイヤモンドダスト(細氷)が一カ所集まることで氷の盾となり弾き返す。
「フリジットドラグーン!」
フィノーラが右手を鷲掴みのような形で突き出すと、ダイヤモンドダストが百匹の氷の龍と化し、一斉にタナトスへ襲いかかった。
「くっ!?」
直接攻撃を防がれた直後で、間合いが近すぎるため、タナトスはフリジットファランクスを迎撃した時のように死気の乱舞を放つ間がない。
「…………!」
タナトスはとっさの判断で、自ら、氷の龍の群に飛び込んだ。
そして、龍と龍の隙間をすり抜けるように超高速で駆け抜けていく。
「嘘っ!?」
「滅っ!」
タナトスの振り下ろした大鎌は、迎撃に放たれた九又の白鞭ごとフィノーラの左手を切り落とした。



片手を失ってバランスを崩したフィノーラは地上に墜落する。
その後を追うように、タナトスも『浮力』を失い地上に着地した。
タナトスはさっき、自分が宙を『駈けていた』という不思議に気づいていない。
魂殺鎌の一撃、フリジットシールドの防御、フリジットドラグーンの反撃、駆け抜けての魂殺鎌の一閃……この全ての攻防は空中で一瞬のうちに行われていた。
「……たく、自分が無意識に浮遊や飛行……いえ、空中歩行ならぬ空中疾走?……していたことにも気づいていないんでしょうね、この『自分知らず』さんは……」
フィノーラが左手の失われた部分に、淡く白く輝く右手を翳すと、切断面から雪でできた左手が生える。
雪の左手は見る見るうちに、生身の左手へと変質した。
「ん? そういえば……」
指摘されて、タナトスはようやく自分が自在に宙を駆け抜けていたことに気づく。
「体全体からエナジーを放出や噴出させる浮遊や飛行より、無意味に無駄に難しい空中歩行……もう、あなた、完全に人間じゃないわね……」
体全体からエナジーを放つのではなく、足の裏……それもつま先だけに多すぎず少なすぎず『適量』のエナジーを集め、駈けるように小出しで連続で放出し続ける……そんな『器用』過ぎる行為をタナトスは無意識に行っていたのだ。
「……あなたの強さ……その可能性を素直に認め、我が最大の秘拳で葬ってあげるわ……」
フィノーラを中心に絶対零度の凍気が周囲に放出されていく。
タナトスは本能的に、フィノーラの体から溢れ出してくる凍気の正体を察したのか、後方に大きく飛び離れた。
「その身で知るがいい……絶対零度(アブソリュートゼロ)の行き着く先を……」
フィノーラは翼のように広げていた両手をゆっくりと前方に凍気をかき集めるようにして引き寄せていく。
「ヴァニシングスノォォォッー!!!」
満開の華のような形で合わせられた両手の掌から、集束された全ての凍気が激流のように解き放たれた。



ヴァニシングスノーは物質を凍結させる拳(雪)ではない、全ての物質を崩壊……すなわち『完全消滅』させる拳だ。
冷却、凍結という行為の行き着く先は、物質の原子や分子といった目に見えない次元での運動の完全停止……つまり、物質が物質として存在し続けることが不可能となり、崩壊……完全消滅するのである。
ゆえに、ヴァニシングスノーの直撃を受けた物質は一切の例外なく、絶対に消滅するのだ。
仮に、サウザンドの赤十字の聖盾のような特種な武具や能力で、絶対崩壊(絶対凍結)を無効化したとしても、その凍気の出力……すなわち相手にかかる圧力が絶対的な破壊力を有する。
つまり、どのみち相手は跡形もなく『消し飛ぶ』のだ。
「……ああ〜……もう、どうでもいいわ……」
フィノーラは諦めたような、それでいて妙にスッキリしたようにも見える表情で、ペタンと床に座り込む。
「……あれを耐えられちゃ……もう私の負けよ……」
フィノーラの視線の向こうに、床に魂殺鎌の刃を突き刺したタナトスがいた。
「死気だっけ?……あなたのエナジー量異常よ……私の方が先にエナジー切れになるなんてね……」
地上に持ってきたエナジーの残量は限りなくゼロに近い。
もはや、ヴァニシングスノーどころか、フリジットファランクスやフリジットドラグーンといった小技を放つエナジーも残ってはいなかった。
無論、対サウザンド戦でのエナジー消費を言い訳にするつもりはない。
「ふう……」
フィノーラは深く息を吐くと、仰向けに大の字で倒れ込んだ。
エナジーと共に、嫉妬や憎悪といった全ての負の感情も吐き出し尽くしてしまったかのようで、やけに気分がスッキリしている。
「どんな力も相手に届かなければ意味がない……それは想いも同じ……」
ヴァニシングスノーの凍気は全て、タナトスが己の前面に全開で放出した死気の壁によって、阻まれ尽くされ、彼女の体には一切届くことがなかった。
物質は全て触れた瞬間に消滅させる凍気、だが、凍気というマイナスエネルギーも、死という物理を越えた究極のマイナスエネルギーの前には叶わなかったのである。
一言で言うなら、凍気を全て『殺し尽くされた』のだ。
「…………ん?」
そういえば、さっきからあの死神の少女がピクリとも動いてないことに、フィノーラは今更ながら気づく。
「まさか、凍っている?……いや、立ち往生ってやつね……向こうもエナジー切れか……この場合、引き分け?……ううん、私の方が意識を失ってないだけ勝ち?……ああ、もう、いいやどうでも……」
「気は済んだか、フィノーラ?」
「……うん、まあね……とりあえずは……」
「フッ、とりあえずか」
いつのまにか、ゼノンがフィノーラの枕元とでもいう位置に立っていた。
「さて、問題はここからか……」
「えっ?」
「なんだ、気づいてなかったのか? ふむ、それ程までに余裕がなかったということか……」
ゼノンは、何もない、誰も居ない空間に視線を送る。
『…………』
何もなかった、誰もいなかったはずの空間から、美しい琴の音色と共に、一人の少女が姿を現した。
「誰?」
フィノーラの問いには答えず、少女……いや、生きた人形は琴をひたすら奏で続ける。
「馬鹿、この闘気と瘴気で解らないのか?」
「えっ……嘘?……そんな……そんなことがあるわけが……」
琴の音色と共に、瘴気と暗黒の闘気がこの部屋、この迷宮……いや、この世界全てを埋め尽くすように充満していった。
そして、黒き光によって部屋一面に描き出される複雑怪奇な魔法陣。
「……汝が巫女の求めに応じ……来たれ、闇の皇……」
それ自体もまるで楽器のように美しく綺麗な人形の声に応えるように、魔法陣がこの世でもっとも暗く禍々しい閃光を放った。
「……琴姫、我を招くのは、あやつを見つけてからにしろと言ったであろう……」
魔法陣の閃光が消え、この世を全て埋め尽くすような暗黒の闘気と瘴気を纏った一人の『皇』が姿を現す。
「まあよい。久しいな、魔王(雑魚)共よ」
昏冥(こんめい)より昏く、深淵(えんげん)より深く、黒曜より黒く輝く闇の衣を身に纏った、黒髪の『ルーファス』がこの地に君臨していた。














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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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